No.034
和弓の材料としての竹(2)
2003/12
佐藤 仁彦

先月の続きです。
ミクロな視点から竹を分析してみます。植物と動物との細胞における主な違いは、植物細胞が細胞壁を持つ事です。植物の細胞は非常に強力な構造をした細胞壁に包まれる事で機械的な安定性を保っており、竹や、木がその強度を保っている要素として細胞壁中のセルロース、リグニン、ヘミセルロースがあります。セルロースは多糖からなる長い直鎖状(まっすぐに繋がった)の高分子です。セルロースの構造式は次のようになります。

図5 セルロースの構造

細胞壁中では多数のセルロース鎖が束となった小繊維(ミクロフィブリル)として存在し、平行に並んだミクロフィブリルの間にリグニンが入り込み、それをヘミセルロースが結び付けます。再び鉄筋コンクリートのたとえを用いると、ミクロフィブリルが鉄筋、リグニンはコンクリートとなり、ヘミセルロースはラス針金の様にセルロースとリグニンを強力に結び付けています。

さて、その細胞壁も驚くべき構造をしています。細胞壁はミクロフィブリルの配向が異なるいくつかの層からできており、ベニヤ合板の様な積層構造をしています。これは多層複合材料で作られたスペースシャトルや自動車のボディ、スキー板等の構造とよく似た構造となっています。

それでは再びマクロな視点から竹を眺めてみると、竹で一番硬い部分は表皮です。表皮近くは維管束鞘が細かく密になっているため硬くなるのはもちろんですが、この表皮近くの成分にSiO2が多く含まれている事が解っています。このSiO2はセラミック材料の主要成分で、これにより竹の表皮は非常に硬く強化されています。

竹の構造をまとめると、強力な構造をした細胞が集まり繊維(維管束鞘)を形成し、その繊維が力学的に最適設計された機能材料だと言う事です。竹がこのような構造を取る様になったのは進化によるのでしょうが、大自然の力とそれを弓の材料に用いた先人には頭が下がる思いです。

「竹の熱処理」

さて、いよいよ本題です。 前回までに説明した通り、曲げに対して非常に強い構造を持つ竹をさらに強化するために焦し、和弓材料として強化していきます。その工程を乾燥、焦し、炭化の工程に分け説明します。

乾燥
切り出した竹を縦に割り乾燥させます。乾燥する事で細胞から水分が抜け、柔軟性が下がり、竹の剛性が上がります。ただしこの時点では水に濡れると乾燥前と同じ状態に戻ってしまいます。つまり耐水性がありません。また、柔細胞中にはでんぷん質が多く存在し、乾燥に手を抜くとカビが発生しやすく、虫も付きやすくなります。虫が付くと竹がもろくなるのはもちろんの事ですが、カビが生えてしまうと竹稈の組織も分解されるため脆くなってしまいます。

焦し
維管束鞘、柔細胞の細胞壁構成成分としてセルロース、リグニンおよびヘミセルロースがある事は既に説明しました。図5よりセルロース中にも水素基(*H)、水酸基(*OH)が多数存在します。加熱により隣接した水素基と水酸基から脱水縮合反応が起こります。またリグニンはベンゼン環を多数もつ有機化合物であり、加熱により酸化重合も起こりさらに強化されていきます。つまり竹稈の構成成分がお互いに結合しあう事で強度、弾性率が増し、その構造が変わる事で耐水性が生まれます。

炭化
ここからは和弓内部の芯材の話です。焦した竹をさらに加熱していくとさらに構造がかわりグラファイト化して行きます。グラファイトの構造は次の様になります。

図6 グラファイト構造

図6よりグラファイト構造とは、炭素が平面的に六角形に連続で結合した網目状の構造です。この構造は炭素網面に平行な方向に非常に高い弾性率を示します。一般的な炭素繊維複合材料中の炭素繊維はその材料が板状だとすると、グラファイト構造がその板平面に平行な方向に配向を持つ様、設計されています。

焦した竹をさらに加熱すると隣接したセルロース同士、脱水縮合した構造がさらに変りグラファイト構造となり、維管束鞘だった繊維の強度、耐熱性、弾性率が高くなります。本当に竹が炭素繊維化するの?と思われる方もいらっしゃるでしょうが、有名な実例をあげると、発明王のエジソンは電球のフィラメントとして竹を炭素繊維化して用いました。竹稈の構造を思い出して頂くと、竹の繊維質である維管束鞘は竹稈中を縦方向に走る様に平行に配置されています。先ほど述べた炭素繊維複合材料中の炭素繊維ほど炭化した繊維の配向は整然としていませんが、かなり近い構造となっています。

この材料の和弓への効果については、当社製品の直心シリーズの直心Ⅱと直心Ⅲを、信州大学繊維学部の細谷聡助手が比較しており、グラスシートと木材の複合弓であった直心Ⅱに比べ、きつく焦した竹芯を加えた直心Ⅲの方が発射時の振動が少なくなり、機械的効率も良好と言う結果が出ています。

先人たちは弓を用いての戦争や、三十三間堂における通し矢等、まさに命がけの歴史の結果、焦した竹、炭素繊維化した竹を弓の材料に用いるに至ったのでしょうが、探究心と、弛まぬ努力が発見させるに至ったとも言えます。昔に比べると名工と呼ばれる職人が少なくなってきたと思います。この竹を焦す、炭化すると言う事の発見に学ぶべき所は沢山あると思います。かく言う私共も先人たちに負けない様、精進致していきたいと思います。

参考文献)
「生物の超技術」志村史夫著 講談社ブルーバックス1999年
「生物をまねた新素材」竹本喜一著 講談社ブルーバックス1995年
「細胞の分子生物学第三版」Bruce Alberts, Dennis Bray他著 Newton Press
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